2013-07-16

一人ひとりが考える、図書館の危機管理

先週末に起きた、宝塚市役所の放火事件は、衝撃的でした。
当日も妻から無事だとメールが入り、何のことかと思っていたら、あの事件です。

私は宝塚市民ですから、歩いていける距離でそんな出来事があった、ということに強いリアリティを感じます。昨日も期日前投票に行ってきたのですが、違うフロアにまで、煤けたような感じや焦げた匂いがこびり付いていました。

例によって関係ない、れいこ。

そんなワケで今日は、「連載・図書館員のセルフブランディング」をお休みして、図書館の危機管理について、考えてみたいと思います。


○今日一番、伝えたいこと

  • 危機管理において、大事なものはマニュアルではない。第一、危機が起きても、マニュアルを開く時間などない。
  • 危機管理は、職員一人ひとりがさまざまな危機を想定し、真剣に向き合うことが大事。何が一番優先なのかを、しっかりと理解しておくことが必須。


○どうして危機管理?

図書館という施設には、いろいろな特性があります。
夜間や休日など、他部署が閉まっているときも長時間空いていること。誰でも自由に入れること(*)。非常に多数の資産があり、誰もがそれらを自由に手に取れること。職員の人数の割に広いフロアで死角も多いこと、などなど。

(*)大学図書館においては、入館ゲートの設置が一般的になっており、正規ユーザー以外は入館自体できなくなっています。これは、危機管理の観点から普及したものです。
しかし、図書館界全体としてみればこれはむしろ例外的です。大学図書館以外の図書館の多くには、誰でも自由に入り、資料を自由に手に取れるのが実情でしょう。むしろそこにこそ、図書館の存在意義があるのですから。


そしてこれらの特性は、そのまま図書館において非常事態が発生しやすいことや、発生した場合に単独の緊急対応が必要なことを、示唆しています。火事、地震、不審者の侵入、急病人の発生などなど・・・。

万一の際には、少ないスタッフで広いエリアに散らばる大勢のユーザーの安全を確保しなければいけないことも、重要な点でしょう。


○全員で考える!

危機管理とは言うものの、きっと危機はいつだって想定外です。想定していないものだからこそ、危機なのでしょう。

その意味においては、危機管理マニュアルなどというのは、あまり役立つものではありません。火事や急病人など、ある程度パターン化できるものはマニュアル化できますが、想定外は常に起こり得ます。
例えば宝塚市役所にも、まさか火炎瓶を投げつけられる想定まではしていなかったことでしょう(火事対策、といったものはあると思いますが)。

それに、いくらしっかりとマニュアルを整理したところで、本当の危機にそれを読む余裕があるとは思えません。火事現場で、危機管理マニュアルを読んだら「上司の判断を仰ぐ」とか書いてあったりして。
<上司がいるとも限らないのに。(笑)

結局のところ、本当の土壇場では、その現場に居合わせたスタッフで対応するしかありません。
マニュアルにどれだけ整理された情報が載っていようとも、全く意味がないのです。


・・・では、大事なことは何か?
それは、職員全員で(そう、一人残らず、本当の全員で)、こうした危機のことを考え、いざというときに何を優先すべきなのかを考えておく、という一点でしょう。

役職者だとか、専任職員だとか、委託スタッフであるとか、そうしたことは関係ありません。
本当の危機が発生したとき、その現場にいるほんの数人のスタッフが一瞬でどう行動するか、それだけが重要です。スタッフ全員がこうしたことを真剣に考え、話し、いざというときの行動原理(それも、極めてシンプルなもの)を確認し合っておくことが、何よりも重要なのでしょう。

例えば書庫で突然発火した場合、どんな立場であれ、そこにいるスタッフがまず対応しなければいけない、ということです。そのために、例外なく全員でこうしたことを考えておく必要がありますね。


○突き詰めれば・・・

ライブラリアンの危機管理は、突き詰めれば、以下の3点に尽きると思います。

  1. ユーザーの命や安全を確保すること
  2. それとともに、自分や同僚の命や安全を確保すること
  3. (上に反さない範囲で)資料や施設・設備も守ること

おそらく、危機管理を掘り下げて考えれば、この3点に集約されるのではないでしょうか。
職場全員が議論をする中で、この結論に辿り着き、みんなが本当に深くこのことを理解し、そして何より行動できることに意味があるのでしょう。

ライブラリアンの行動原理は、いつだってシンプルです。


○例えば、ウチの場合

余談ながら、私の職場の話も。

例えば、ユーザーが倒れたのに委託スタッフしかおらず、救急車を呼ぶ判断を即座にできなかった・・・などということがあってはいけませんよね。

私の職場では、「救急車を呼ぶなど善処した結果、それが必要なかった場合も、スタッフは一切責任を問われることはない」、「緊急時はカウンターを無人にしてもよいので、しかるべき初期対応をする」といったことを明記しています。

当然と言えば当然のことですが、職場での議論をする中で、ユーザーの命・安全が最優先であることを明確にするため、こうした表現を入れました。

いざというときにマニュアルを読む間がないことは判っていますが、このマニュアルを委託スタッフを含めた全員で共有する中で、「変な心配は要らない。他のどんなことよりも、ユーザーの安全確保のために全力を尽くして欲しい」というメッセージを送っているつもりです。
(もちろん、直接的にも口にしていますが)


繰り返しになりますが、大事なものはマニュアルではありません。
全員が真剣に危機管理ということに向き合い、何を優先すべきかを考える、という行為にあります(マニュアルづくりという過程において、これに取り組むのが一番スマートかもしれませんね)。

皆さんの職場では、全員がこうした認識を持たれているでしょうか?
この宝塚市役所の事件を機に、職場で少しだけでも再確認の時間を持ってはいかがでしょうか。


最後になりましたが、大事なことを。
私が危機管理を考える上で、こうした根幹の部分を教えてくださったのは、かの西河内さんです。今も何かとお世話になっていますが、初めてお会いした日に、氏から危機管理に対する考え方を学んだことは、本当に貴重な経験でした。
そのときの内容は、こちらをご覧ください。


●れいこと

最後にまた、れいこと井上家の話を。

バブーちゃんの予定日まで、とうとうあと10日を切りました。先週末の検診でも順調で、もういつ生まれてもおかしくないとのことでした。


れいこのことがあって、どうしてもと望んだ新しい生命。出産を間際に控え、本当に感慨深いものがあります。

きっとれいこも、お空から応援してくれていることでしょう。
れいこ〜、もうちょっとでお前にきょうだいが生まれるで〜。待っといてや〜。


それでは、押忍!

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